2011年05月02日

東日本大震災ボランティア活動!!

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この度の東日本大震災により被災されました方々に、心よりお見舞い申し上げます。
被災地が一日も早く復興することを心よりお祈り申し上げます。

先日(4月18日~21日)、滋賀県社会福祉協議会が募集されました東日本大震災の被災者支援ボランティアバスでボランティア活動に参加してまいりました。

8日に募集開始され12日に締切、14日に参加者決定通知、18日出発という日程にもかかわらず85名の応募があったそうです。

その中から県内各地より下は20代から上は70代までの男性13名、女性6名の19名が選ばれ、私もその一員として県社協職員の方2名とバスの運転手さん2名の総勢23名で宮城県へ行きました。

関西広域連合では滋賀県は京都府とともに福島県を支援していますが、全国社会福祉協議会では近畿ブロックと中国・四国ブロックが宮城県の支援をしている関係で今回のバスは宮城県に行くことになったということでした。

初日は移動日ということで、名神高速から北陸自動車道を北上し、新潟中央JCTから磐越自動車道で福島県郡山を経由して東北自動車道を通って仙台郊外の宿泊地まで約820km、休憩を挟みながらやく12時間かけて到着しました。

宿までの道のりでは、福島に入った辺りからところどころ屋根にブルーシートがかかった家を見かけた程度でそれほど地震の影響は感じませんでした。

宿も電気、水道等のライフラインは通っていたので本当に被災地にきたのかと半信半疑でした。

翌日、宿泊施設から活動を行う亘理町までおよそ45kmの道のりを進む中で、車窓から見る街の風景は、住宅の屋根の棟瓦部分が崩れてブルーシートが掛けられているところは見られましたが、途中三箇所程通った墓地の墓石は倒れているところはほとんどなく、地震そのものの揺れによる倒壊等の被害は少なかったのかなといった印象でした。

しかし、仙台東部道路に入ると辺りの状況は一変、津波被害の光景が目の前に広がりました。


仙台東部道路は仙台市宮城野区から亘理町まで総延長24.8kmの高速道路で、沿岸から約3km内陸に入った仙台平野の田園地帯を縦断する格好で通っている道路です。

盛り土構造の道路であったことから、今回の震災では堤防の役割を果たして内陸への津波の被害が抑えられたといわれています。

目の前に広がる光景は、進行方向の左側は沿岸から3km離れているとは思えない程一面津波によるがれき、車等が折り重なってまったく手付かずの状態でした。

報道で津波の惨状は見ていましたが実際目にした状況は言葉で言い表すことができません。

私たちが訪れたのは宮城県の南部、阿武隈川河口に位置する亘理町という人口約35,000人の町で、津波により死者数246名、行方不明者数36名、避難者数1,417名(4月18日現在)という被害が出た町でした。

そこで現地のボランティアセンターを通じて、荒浜地区の川口神社とその隣にある宮司さんの自宅に派遣されました。

宮司さんのお話によると、この神社は1635年に創建され阿武隈川河口の守り神として信仰されている神社で、氏子の数が約800戸、はらこ飯(炊いたご飯の上に、鮭の身とイクラを乗せたご飯)の発祥の神社であるということをお聞きしました。

また、私たちが活動した4月20日が春のお祭りで、本来であれば約1tの重さがある御神輿が境内を練り歩くということでしたが、今回の津波で神社が被災し、また多くの氏子も被災したため、やむなく中止となり、境内等の片付けに人手が足りずボランティアセンターに支援をお願いしたとのことでした。

私たちは境内に流されてきたがれきを一箇所に集めたり、津波で堆積した土砂の除去や、被害の大きい建物から什器等を運び出して泥などを拭いて被害の少ない建物に移動する等の作業を行いました。

境内には倒壊した建物の柱や梁等の木材から、車、漁具、農具、またプロパンガスのボンベや灯油タンク等の危険物までありとあらゆる物が散乱しており、中にはアルバム、写真、年賀状等の思い出の品々もたくさんありました。

震災から一ケ月以上が経過しているものの、現在も自衛隊、消防、警察による行方不明者の捜索が慎重に続いており、幹線道路以外の場所のがれきの撤去はまったく進んでおらず、目の当たりにした光景はまさに震災の起こった直後の状態でした。

私たちの活動した期間においても全国からたくさんのボランティアの方が来て活動しておられましたが、今後、行方不明者の捜索が終わりがれきの撤去が進んでいくとまた新たなボランティアニーズも出てくるのではないかと感じました。

今回、滋賀より19名が参加して活動を行い全員怪我なく無事滋賀に戻ってくることができましたが、現地ボランティアセンターによると、ボランティアの方の活動中の怪我が多く、特にがれきの釘等を踏んで足に刺さる怪我が多いということでした。

実際私たちも現場で体験しましたが、津波で流されてきたがれきの上に土砂が堆積して、どこにどんな危険な物が埋まっているかわからない状況のところで活動しなくてはならず、知らず知らず危険物を踏んでしまいかねない状況でした。

ボランティアセンターでも鉄板の入った中敷を用意してボランティアの方に貸し出しを行っていらっしゃいますが、数が十分ではなく活動していただく方全てには行き渡っていない状況とのことです。

怪我をすると本人はもとより、依頼された方や現地ボランティアセンターのスタッフの方も悲しい思いをされます。

そこで私は被災地でのボランティア活動の経験を活かし、被災者の方の支援も重要ですが、ボランティア活動にあたってくださる方々の後方支援も必要であると考え、少しでもボランティアの方々の作業がスムーズに進むよう、現地ボランティアセンターで不足している物資を集める活動をしたいと思います。


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Posted by takaaki miyajima at 12:39│Comments(0)ボランティア活動
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